温病条弁
(日本漢方に欠落する温病学の重要な原典)
間違いだらけの漢方と漢方薬



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日本漢方の杜撰
●漢方を堕落させた吉益東洞
●温病学を学ばない日本漢方
●白朮を蒼朮で代用する杜撰
●生姜と乾姜の驚くべき錯誤
●桂枝が存在しない日本漢方
●真防風と混用される浜防風
●漢防已と清風藤の混同問題
●果穂茵蔯蒿と綿茵蔯の錯誤
●附子を乱用する日本の漢方
●基礎理論が脆弱な日本漢方

漢方医学発展のために
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温病条弁(うんびょうじょうべん)

 《温病条弁》は、1758年に生まれ1836年に没した呉瑭(字は鞠通)が、1798年に出版。

 急性伝染病が従来の治療方法では治りにくいことを慨嘆していた呉鞠通は、明代の呉又可著『温疫論』に触発され、葉天士(1667~1746年)の理論から多くを学ぶ。

 とりわけ葉桂(天士)の《臨床指南医案》を重視し、自身の数々の臨床経験を総括して補足・整理し、三焦を経とし、衛気衛血を緯とした「三焦弁証」を提唱した。

 四時に生じる急性熱病(温病)をメインテーマに、温熱病と湿熱病に分類して、傷寒論医学に欠落していた温病学説を大きく前進させた。

 中医学における《温病条弁》の位置は、傷寒論と同等以上に重要な典籍となっている。